中3 16 あのタオル

中学3年
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11月に入ったある日に咲は私に背中が痛いから押してほしいといって体操着を入れるカバンを持ったまま私のそばに来た。

カバンのファスナーが半分くらい空いていて、中に入っているタオルが見えた。薄手で両端に紐が結びつけてあるあのタオルだった。自殺用のタオル。紐もそのままタオルについていた。あのときに首を吊るドアノブは取り外して隠したけれど、タオルまで頭が回らなかった。いつの間にかあのタオルはなくなっていた。そのときからタオルはずっと咲が隠し持っていたのだった。私は床に座り込んだ。力が抜けた。思考がバラバラになってまとまらなくなった。急にあたりが暗くなったように感じた。

まだ自殺する危険は去っていない。あの日から事態は何も変わっていないとわかってはいたけれど、現実を目の前に突き出されて狼狽してしまった。

私は「死なない」と言ったはずなのに、なぜこのタオルを持っているのかと咲を問い詰めた。咲はタオルを持っている理由を「お守りのようなもの」と説明した。

「死にたいときにこのタオルを見ると安心するの。このタオルを使えば死ねるから、見るだけで安心するの」

死ぬために持ち歩いているのではなく、死にたいときにタオルを眺めて気持ちを落ち着けるのだという。本当かどうかわからなかった。でも見ると安心すると言うのならタオルは取りあげることはできなかった。夫にすぐにタオルの話をして、二人で話し合った上で「そのタオルは持っていていい」ことを咲に言った。咲は「いいの?」と驚いていた。お守りを取り上げたら反動でどのような行動に出るのかがわからなかった。私は自殺するな、タオルは使うなとしつこく念押しした。

数年後そのタオルは咲が捨てていいよというので捨てた。

「きっと咲はうつ病なんだよ」動揺した勢いのままで私は言った。それまでうつ病じゃないのかと疑っていることも言えていなかった。動揺させたくなかったからだった。しかし咲は全く動揺しないで「私もそうじゃないかと思ってた」と答えた。うつ病の簡易チェックリストがネットにあって、私それほとんど全部当てはまるんだよ。と付け加えた。

「そうだったの」

咲も自分がうつ病なのではないかと疑っていることに私は驚いた。そしてそのことをお互い話せなくなっている状態を悔やんだ。以前はいろいろなことを一緒に話したはずなのに。楽しいこともたくさん話せていたはずなのに。

「お医者さんに連れて行こうと思っているの。実は予約を取ってある」勢いついでに精神科受診のことも言った。

「少しでも早く診てほしいんだけど、予約が取れるお医者さんがなくてね、12月に入ってすぐが一番早かったの」

「わかった、その方がいいよね。」と咲は答えた。

「その方がいいよね」の裏には「もしも生きることを選ぶのなら」という断りがついていたのかもしれない。この頃おそらく死にたい気持ちが非常に大きかったが、死ぬことをやめて生きていくとしたらこの先どうなるかということも考えていたはずだ。

生きていくのなら高校は出た方がいい。そのためには高校受験をしなければならないと考えたと思う。でも勉強をできるような体の状態ではなかった。頭も全然働かなくなっていて、朝体を起こすことすら辛かったそうだ。普段難なくできていたことがどんどんできなくなってしまい絶望がどんどん大きくなっていったのだと思う。そしてますます死へ引き寄せられていったのではないだろうか。私はそんなことにも気が付いていなかった。傍にいたのに何を見ていたんだろう。