中3 22 診察のはずが

中学3年
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大野医師は40歳後半ぐらいの女性だった。艶のない髪とそっけないメタルフレームのメガネが優しくなさそうな印象を作っていた。「日渡咲さんですね」大野医師はモニタから目を離さないままで言った。そのままカチカチとマウスとキーボードを操作している。咲が「はい」と返事をした後も何も言わずにそのままキーボードとマウスで何かの操作を続けている。こちらの方は全く見ない。モニタから目を離さない。大野医師はそのまましばらく人を待たせていたあと「ちょっとカルテの調子が悪いので……」と言って電話で診察室に人を呼んだ。それから呼ばれた人と二人でカルテの調子を直すべくパソコンをいじりだした。その間その二人は、まるで私たちが存在しないようかの様に振舞っていて、私と咲はただじっと待っていた。

ようやくカルテが作成されたようで呼ばれた人は診察室を出て行った。

「お待たせしました。調子が悪かったもので」やっと大野医師はこちらの方を向いて言った。

「起立性調節障害ではないようですね。なのでこの後脳のMRIを撮ります。血液検査と心電図検査も本日行いますね。」

それでは丸一日かかってしまうだろう。私は今日会社に行くことや咲を学校に行かせることはあきらめたほうがいいと思った。

それから大野医師はびっくりするようなことを言った。

「この後状態が悪い患者さんが受診にきます。本当に状態が悪い中来るので決まっている受診時間を変えることはできません。要領が悪くてごめんなさい、一度下の食堂にお昼を食べに行ってください。午後の一時にここに戻ってきてください。検査のあと診察をします」

驚いた。診察室は入ったけれど、医師は「カルテの調子を直すこと」に集中していて全く問診も診察もしていなかった。その間ずっと待たせておいて他の患者を先に診察するとは私たちのことをなんだと思っていたんだろう。精神科に来たのは初めだがこの扱いは非常識だと思った。白けた。

この時点で私の大野医師への印象は決定的に悪くなった。私たちが診察室に入る前にカルテは作っておいてほしかった。できないのならできる人に作っておいてほしかった。思った以上に時間がかかりすぎて咲の診察の時間がなくなってしまったのだとは思うが、そういう事務的な事情はこちらには関係ないし非もない。私たちのことを全くちらとも見ないことも不愉快だった。必死だったのは伝わってきたが私たちは無視されたように感じた。

でもこの診察を逃したら他の病院を予約し直さなければならない。他の病院の診察を受けるころまでには咲はもっと具合が悪くなってしまうかもしれない。

仕方ない。診察して病名を診断してもらえればもういい。薬も出してもらえるかもしれない。医師の人柄は無視するしかない。そう私は思った。

私はただ「わかりました」とだけ言って咲と一緒に診察室を出た。朝に受診するはずが11時半近くになっていた。

大野医師の言った通りにするのも癪だったが、そうかといってわざわざ外に食事に行くことは咲の負担になると思った。制服姿だったし、このときはもうとても疲れやすくなっていたので体力を残しておいてやりたかった。午前に終わったのは起立性調節障害の検査だけだったから午後から他の検査も受診もこなさなければいけない。そこで仕方なしに下の食堂に食事に行った。

咲も大野医師の仕打ちには不満で、私たちはしばし不満を言い合って共感しあった。話している様子を見るとまだ余力はある。午後も何とか乗り切れるだろうと思った。食事が出てくる前に咲の学校と私の勤め先に電話をかけて午後も休むと伝えた。

食事を終えてから病院内のベンチで言われた診察時間を待ち、一時前にまた診察室に戻った。脳のMRIと血液検査、心電図に私は付き添わなかった。

検査を終えて疲れた様子で咲が帰ってきてからまたしばらく後で朝も受付してくれた人が私たちを呼びに来た。診察だった。