中3 92 卒業式第二部

中学3年
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卒業証書を受け取るのに指定された時間は、同じ日の本番の卒業式が終わった3時間後だった。その日は先生方も礼服で学校に来ているはずだから、私が一人普段着で行ったら卒業証書を受け取るときに気まずいだろう。そんな理由で私もスーツを着て2連パールのネックレスを付けた。うまく留め金がはまらなくて何度もやり直した。

指定された時間の少し前に学校につくとまた桜井先生が職員玄関まで迎えにきていてまっすぐ校長室に通された。

またあの校長室だった。この部屋には咲が自殺未遂をしてから何回も入った。先生や松本さんや保健の先生にいろいろ質問されて答えて、辛くなってしまって何度も泣いたあの部屋だった。

校長室に入るとその記憶とその後から今までの自分の気持ちや咲の映像が私の頭の中で勝手に再生され出した。最初は弱い思考だったが、その渦はだんだん大きくなって現実の今の自分の思考を飲み込み始めた。

桜井先生は先に校長室に入ると入口近くの壁の側に行って立ち止まりそのまま部屋の中央を向いて立った。ソファーに腰かけないのか?

校長室の中では校長先生が3人掛けのソファーに腰かけて待っていた。

校長先生は「卒業おめでとうございます」と声をかけてきた。横に立っていた教頭先生も続けて「おめでとうございます、嵐山に合格もおめでとうございます」と言った。

私は礼を言って1人掛けのソファーに腰かけた。そのあたりからぐぐぐっと胸が詰まって世間話どころか一言も声を出せなくなった。

喉が狭くなってしまったみたいに苦しい。体を動かしたり声を出そうとしたりするだけで涙が出てくる。体の深いところから、心の深いところから、悲しみがどんどん込み上げてくる。

「みっともないわ……」と体をねじって校長先生の視線を避けた。そして持ってきたハンカチを強く握って自分をなだめようとした。

私がそうやってあがいても感情は関係なくどんどん膨れ上がった。

あの部活に入ってからずっと親子ともども人間関係で苦しんできた。入部した最初は、今立場が悪くてもあの子は運動神経が良いからきっと何とか実力でそこそこの位置にいき、人間関係も安定するだろうと思っていた。

でもうまくいかなかった。咲は責められると心が委縮して体ごと縮こまってしまって全く動けなかった。ズダボロだった。

本人は部活の関係者すべてに責められていたと感じていたと思う。顧問の人間、同級生のメンバーたち、外部コーチ、保護者たち、後輩たち、全員だ。

実際がどうであれ、本人にとっては本人が感じたことが現実だった。しかも咲本人ですらうまくプレイができない自分を責めていた。

私はそのとき咲の心に何が起こっていたのかを気が付かなった。能天気なはげましを言って支えたつもりになっていた。

さらに傷つくようなことがあってから「辞めない?」と言ってもあの子は辞めなかった。

大人は部活はいつでも辞められるものだという認識でいても、中学生のあの子にとってはそうじゃなかった。あの子にとっては、辞めるという道はそのときにはもう閉じてしまっていたんだと思う。

辞めたほうがいい、辞めようか、先生に話しようよ

何度そんなことを言っただろう。

あの子は引かなかった。心身を削ってとうとう最後まで部活をやり遂げた。

あの子がボロボロになりながらも乗り越えた部活。投げ出さずにやり遂げた部活。その結果が自殺念慮の強い重症のうつ病だったということが悲しくて仕方がなかった。

なぜもっと早く辞めさせなかったんだろう。私が保護者同士の人間関係がこじれるのを恐れたんだ。私が辞めさせてやらなかったんだ。私のせいだ。私が面倒臭かったんだ。私のせいだ。私が辞めさせてやれていれば。

どれだけ自分を責めただろう。それでも足りない。まだ自分を責めたりない。今までもこれからもそう思い続けると思う。

ただ頑張ってきただけなのに。なぜこんな理不尽な目に遭うのだろう。何も悪いことをしていないのに。人を貶めることもしていないのに。

他の同級生たちは卒業式に当たり前に出席して、当たり前に春休みの遊びの計画を立てているだろうに。あの子は精神病院に入院したままだ。

あの子以外の部活メンバーたちは今日お互いに写真を撮り合い、うすっぺらい絆の仲間や後輩と「また会おうね」などと挨拶を交わしてすがすがしく卒業していったのだろう。

そんな現実が辛くて苦しかった。

瞬きすると涙があふれるので、なるべく瞬きをがまんして私が自分の感情を耐えていると、一組の親子が校長室に入ってきた。両親ともスーツで子は中学の制服を着ていた。

その子は咲と同じ部活のあやかだった。あやかは早い段階であの部活から離脱していた。でもその後も同じクラスだったあの部活のメンバーたちに嫌がらせをされていた。

あやかは中学の3年の初めから学校に来なくなった。咲と仲はよかった。でもあやかが部活に出なくなった後は咲は部活で一人になってしまっていた。

あやかが部活に出なくなったあと、咲は「あやかちゃんすぐ辞めちゃうんだから」と言っていた。私もその時同調していた。その時にはそう思っていた。でもあの時私が同調したことは、もしかして咲の部活を辞めさせないようにする枷の役目をしたのではないか?

あやかを見て私は余計に辛くなった。

あやかの両親が私に会釈をしてきたので私もはっとして会釈をした。涙でぐしゃぐしゃの顔を見られて私は慌てた。

3人掛けのソファーにいた校長先生が立ち上がって、あやか親子にソファーに腰かける様に促すと、3人はそろそろと部屋の中央まで入ってきてソファーに腰かけた。

(校長先生に席を譲られる経験ってなかなかないですよね)

校長先生は教頭先生のはす向かいの位置に行った。部屋の角近くだった。

それが合図だったかのように教頭先生が教務室と続いている方の校長室のドアを開けた。教務室にいた先生方がぞろぞろと校長室に入ってきた。

先生方は皆礼服だった。校長室に入りきられない先生方は教務室で立っている。他の先生の体越しにそれが見えた。

ここでやっと「卒業式第二部」と桜井先生が言った意味がわかった。本当に卒業式第二部をやるということだったのだ。言葉通りだった。

そう言ってくれていればよかったのに。スーツを着てきて良かった。と私は思った。

先生方が校長室の壁沿いに私たちを取り囲むように並んで立った。おかしな眺めだった。起立したほうが良いだろう。私もあやか親子も号令はかけられなかったけれどソファーから立ち上がった。

ほどなく教頭先生が「ただいまより第?回卒業証書授与式第二部を行います」と本番そのままの威厳のある声と声量で宣言した。

「卒業証書を授与されるもの 日渡咲」

教頭先生が少し間を開けて咲の名前を言った。本人がいないのに。そうか私が受け取るのか!このぐしゃぐしゃの顔で。

仕方なく私は校長先生の前まで進んで立った。校長先生の隣にはいつの間にか、卒業証書をのせたお盆を持った女の先生が立っていた。

校長先生は卒業証書の全文を読んで、「おめでとうございます」と言って私に卒業証書を手渡してきた。

「本人が卒業式に出て卒業証書を受け取ってほしかった。要観察生徒としてでなく、普通の生徒として。私も普通の親として他子たちの親と同じように咲の卒業式に出たかった。これ以上ないくらい真逆の状況だね。」

感情の渦が大きくなり、まるで台風のように心を揺さぶった。私は礼をしてそのままなかなか顔があげられなかった。

やっと顔をあげて卒業証書を受け取り、さっきまでいたソファーまで戻ってその前に立った。

なぜか急速に感情の渦が引いてきた。

次はあやかだった。名前が呼ばれ、あやかは校長先生の前に行って緊張した様子もなく卒業証書を受け取っていた。

卒業式は本人にとってはたいして意味がないのかもしれない。咲もそうなんだろうな。あやかの様子を見て私は思った。

あやかが卒業証書を受け取った後は校長先生の祝辞だった。

精神病院に入院中の子と、一年近く学校に来なかった子に祝辞!校長先生もさぞ慎重に祝辞の言葉を選んだことだろう。内容は全く覚えていないのが残念だった。

「以上を持ちまして第?回卒業証書授与式第二部を終わります」

教頭先生が閉会を宣言した。二人の生徒のために行われた卒業証書授与式第二部はわずか10分程度で閉会した。

これは先生方の気配りなのか、ギャグなのか。感情の渦が引いたばかりに私は混乱するばかりだった。

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