中3 97 また外泊の許可

中学3年
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夜に咲からいつも通り電話がかかってきた。いつも通りの定時連絡みたいになっていた。

「今日は学校に行ってきて私が卒業生みたいな体で卒業証書を受け取ってきたよ」と報告すると、全く関心がなさそうな「ふーん」という返事が返ってきた。今日が卒業式だったということも、言われてやっと思い当たったようだった。本当に今の学校に関連するものには興味がないんだな、好きじゃないんだなと改めて実感した。

冷たい反応にもめげずに「文集もアルバムも受け取ったよ」と言うと「帰ったら見ようかな」とさっきよりは少しマシ程度の返事をしてきた。言葉になってない本音の「本当は見たくないけどね」が聞こえた気がした。もしかしたら私に気を使っているんだろうか。

そんなに興味がないのならと、卒業式二部の話をするのをやめて「高校の合格者登校日に前泊できるかを病院に聞いてほしい」と別の話を出した。合格封筒の中にあった連絡文書によるとそれは来週の終わりだった。病院に当日迎えに行ってから高校に行くとなると時間の余裕がなくなるので、できれば前日自宅に泊まって自宅から高校に行き、登校日の日程をこなしたらそのまま病院に送り届ける方が良かった。言わなければと思っていたので話題を変えるにはちょうど良かった。

「家に帰れるんならその時に爪磨きセットがほしいんだけど……」返事は明らかにさっきとは違う嬉しそうな声だった。

「爪磨きセット?どうしてほしいの?」

「指先がきれいだと自己肯定感が上がるんだって。今日一緒にワークした人が言ってたの。よく自分の目に入るからきれいだといいんだって」

わかった、と私は言った。「ワーク」とは何なのかを聞きたかった。病院から課せられている決まりでは、電話は1回につき10分までだった。私と夫と実樹とで(実樹はいないことが多いけど)その10分間をわけ合うので私の持ち時間はもう数分だった。本人が言いたいことを優先させたほうがいい。「ワーク」については後で聞こう。

「外泊できたら爪磨きセットを買いに行こうか。もし何でもいいのなら私が買ってくる。そうすればその分他のことに時間を使えるよ。」

きっと時間がないだろうからそう言ってみると咲は

「もしかしたらもっと前から帰れるんじゃないかな」と言った。

「みんなそうなんだよ。外泊できるのは退院が近いの。もっと退院が近くなってくると外泊する回数が増えて長さが長くなるんだよ。」

咲の言う「みんな」とは病棟に入院中の他の子たちのことだった。外泊ができるようになり、それが長くなってくると、入院している子供たち同士で「あの子そろそろだよね」「じきにシャバだね」など言われるようになるらしい。入っていたことはないが、もしかしたら刑務所もそういう感じではないだろうか。

たしかに高校にも奇跡的に合格したし、諸悪の根源の中学校も卒業して脱出できた。原因が取り除かれればうつ病は回復していくのかもしれない。それに入院したままでは高校の入学準備はできない。本当にそろそろ退院できる扱いになってきているのかもしれなかった。

本人もそう思っているんだろうか。

「でも爪磨きは何でもいいからお母さんが買ってくれたら嬉しいな」

そう言われて私は爪磨きセットを探して買っておくことにした。

私は「じゃあ合格者登校日の外出許可と外泊できるんならいつからか、相葉さんに聞いて教えて」

私はそう言って電話を夫に代わった。咲の「うん」は嬉しそうだった。

これから高校入学前まではきっと状態がいい。嫌っていた中学ともその部活ともお別れだ。中学校にもう行かなくていいし、(離任式には行く必要はないと思っていた)第一希望の高校の制服を着られるだけでもきっと嬉しい。

もう少しだ。