中3 90 合格発表の夜

中学3年
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この日の夜は咲の合格を家族で祝った。病気になってしまったのによく頑張った!と、本人不在でも盛り上がった。

夜にいつものように本人が病院から電話をかけてきたので、夫も実樹も(実樹は春休みなので家に帰る時間が早くなっていた)お祝いを電話越しに言った。

あの子は電話ではいつも平坦な声で話していたけれど、今日は声が弾んでいた。嬉しそうな声だった。10分の間に夫も実樹も何回もお祝いを言って、家の中が久々に明るい雰囲気だった。

……今のままの咲なら高校に入学してから落ちこぼれてしまうだろう、そうしたら病気は悪化してしまうだろう。それでも一時は喜んでいたかった。

うちの子は病気で頭がまともに働かないというハンデがありながら志望校に合格したんだ。すごいじゃないか、と、ただただ喜びに浸りたかった。


 

桜井先生が次の日に電話をかけてきた。合格したことは咲から電話で伝えていたので、まずおめでとうございますと先生は言った。それから私が避けていた話題の卒業式について出席するかどうかを聞いてきた。

私は個人的には出席した方がいいと思っていた。卒業したらももう二度と同じ場所で全員が集まることはないだろう。離任式の時には欠席する生徒もいるから、卒業式が最後の機会だった。

クラスも部活もうまくいかなくて、特に部活はメンバーが最悪、顧問の人間(先生失格だと思うので先生と書きたくない)も外部コーチも極悪でひどい環境だったと思う。

そんな悪いことばかりが印象に残ってしまうけれど、咲には仲のいい友達も何人もいた。友達といえないまでも気兼ねなく話せる仲間のような子たちも多かった。その子たちと話すこともできずに卒業してしまっていいのか。もう最後なのに。

でも本人と夫の考えは欠席だった。二人ともそのことにこだわりはないようだった。こだわりがあるのは私だけだった。

私は先生に欠席すると伝えた。本人が出たくないのなら無理強いはできない。先生は珍しく「お母さんはどう思いますか?」と私の考えを聞いてきた。出席の方がいいと思ってますが、本人の希望が優先だと思います。と返事して、お返しに

「先生はどう思いますか?」と聞いてみた。

「私はクラス全員で卒業式を迎えたいです……」と先生は言った。

いつも理路整然とした脳みそで、人の感情なんてわからなさそうに見えていたが、私が見ているのはほんの一面なんだなと思った。先生も苦しい思いをしたんだろうか。

この先生は3年生になってからの担任だった。でも咲は1年からの苦労の積み重ねで3年生の春にはもう心を病んでいたんだと思う。先生も咲にもめごとの仲介をさせた点は悪かったと思う。でも本当の原因は部活の顧問だった人間と部活の同級生メンバーだ。

先生にそう伝えると「ああ……」と言葉を濁した。一瞬だけ本音を見せたようだけれどまたいつもの調子に戻った。のらりくらりと部活の話題を躱す、おなじみの口調だった。最後までそうやって原因を追究せずに対処療法だけで済ませるんだな。

咲みたいに心を病んでしまう生徒はまた出てくる。その時もこうやってのらりくらりとやり過ごすのだろうか。今回はその逃げ切った成功例になってしまったのだろうか。

でも私には先生を追及する気力がなかった。持っている気力はほとんどすべて咲のために使い、自分は出がらしのお茶くらいの濃度になっていた。エネルギーがなかった。