中3 95 保護者グループLINEを抜ける

中学3年
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留め金がやっと外れて、ネックレスはパールの輪っかから紐みたいになった。それを片手にぶらさげて居間に戻ると、LINE電話が鳴っていた。着信はついさっき「卒業式第二部」で会ったあやか母からだった。

出てみるとあやか母は友好的な口調で「久しぶり」などと言った後「咲ちゃんも卒業式出なかったんだね」と言った。

どのくらいこちらの事情を知っているのかがわからなかったので、慎重に返す言葉を選んだ。もしあやか母が何も事情を知らないのならそのまま知らないままでいてほしかった。私は子供の病気のことは誰にも知られたくなかった。誰にも弱みを見せたくなかった。クラスでは体調不良で入院したことにしてもらっていた。そういうことにしたのは咲のためでもあり、私のためでもあった。

私は「体調が悪かった。残念だった」と返事をした。

でもさっきの私の大泣きする様子を見ていたんだから、咲がただの体調不良じゃないことくらい察しているだろう。どこまで踏み込んでくるだろうか。

あやか母はそんな私の警戒をよそに話をはじめた。

あやかが部活に行かなくなったこと、学校に行かなくなったことの原因は部活だった。咲と同じだった。咲は部活をやり遂げたけどうつ病になって強い自殺念慮を抱えてしまった。

あやかの場合は途中で部活に出なくなったがその後も部活のメンバーに時々嫌がらせをされていた。それも引き金の一つとなり後から不登校になってしまった。

咲からは不登校だという話を聞いていたが、改めて当事者の口から原因を聞くとやはりショックだった。

あやか母もあやかも、おそらくあやか父も、ウチと同じように黙って耐えていた。

あやか母と私がもっと早く話をしていれば子供のダメージが浅いうちに部活を辞めることができていたかもしれない。

そうすれば咲もあやかも卒業式に出席して普通に卒業できていたかもしれなかったのに。私は間違っていた。また間違っていた。

でも当時はそれができなかった。

「子供の部活のために協力を惜しまないし、どんなに苦労してもいい」そんなことを大真面目に言っている保護者達が多くて、私は何も自由に言えなかった。バカバカしいと思いながら私は他の保護者達と同じようにふるまっていた。

私と同じ本心を持つ保護者が他にいるとは思えなかった。だから黙っていた。批判したり意見したりすると保護者であっても集中攻撃をされそうだった。

私にされるのならいい。子供に対して攻撃されるのが怖かった。子供が部活を続けたいと言っているのに私の言動が原因で部活の中で気まずくなったら大変だと思っていた。

当時の私は、なぜ客観的な意見を言ってくれる他の人に相談しなかったんだろうか……。

あやか母の話を聞いてから私もこの人になら咲の本当のことを話せると思った。話してくれて嬉しかったからこちらも応えたいと思った。

そこで意を決して、咲が嫌がらせをされてきたことや極悪顧問に𠮟責され続けたこと、委縮してしまってその部活のスポーツのプレイでも辛い思いをしてきたことなどを話した。あやか母はうん、うんと聞いていた。

でもついには病気になってしまって精神病院に入院しているということは、どうしても言えなかった。言葉が出てこなかった。

仕方なく本人の気持ちの面でのことは言わず、体に出た症状だけを伝えた。食欲がない、一日の半分以上は眠っているし、その間悪夢ばかり見る、体中が痛み、湿疹が出る。

体の症状だけで十分に卒業式を休む理由になっただろう。あやか母も咲の病名は聞いてこなかった。

「あやかちゃんも大変だったね」「咲ちゃんも大変だったね」

お互いの子供のことを労い、その後あやか母と私は部活について盛大に悪口を言い合った。わかってくれる人がいて嬉しかった。あやか母もそうだったと思う。

二人とも顧問だった人間については特に不満があった。だから顧問の悪口はいくら話しても尽きなかった。(顧問だった人間は1年前に転勤していったので咲の発症を知らない。咲とあやかが卒業式に出ていないことも知らないでいると思う。)

極悪だったのは顧問だけではなかった。部活の運営方法もメンバーも保護者も下級生も、すべてが最悪だった。どれか一つでも要素が欠けていたら咲は発症しなかったのかもしれない。

うつ病は環境や性格など要素が複雑にからみあって発症するものだと言われています。うちの子の発症の大きな原因は部活だと思いますが、それだけではなく他にも原因はいろいろあると思っています。

私は思いついてあやか母に部活の保護者のグループLINEについて聞いてみた。

「気合いだよ!」とか「気持ちで負けちゃダメ」とか昭和スポ根マンガに出てきそうなセリフが飛び交うおかしな保護者LINEグループ。

いつもなぜか自分たちがプレイしているみたいな口調だった。自分=子供という図式になっていたんだろうか。そんな風に親たちは白熱していたが、当の子供たちが全然やる気がなく弱かった。保護者たちが自分でスポーツクラブにでも入っていたほうが良かったんじゃないだろうか。

子供たちが引退してからはほとんど動きはなかったので、本当に気の合う親同士で他のLINEグループを作っていたのだろう。

あやか母は部活に子供が出なくなってからも「正規の」保護者LINEグループから脱退しないでひっそりとどまっていた。

「卒業したあとLINEどうする?」

そう聞いてみるとあやか母は言った。

「もう見たくないんだよね。ほとんど投稿ないしね」

「そうだよね。私も見たくもない」

「じゃあ脱退しようか、二人とも」

その後少し話して私たちはこの電話を切った後でLINEグループを抜けようと決めた。

そこが気持ちの区切りになって、私とあやか母は「お互い頑張ろうね」と言いあって電話を切った。

すぐに私は部活の保護者のLINEグループをスマホの画面に出し、メンバーたちの写真のアイコンを少し眺めた。それからトークルームを開くとそこにはもう「あやか母が退出しました」と表示されていた。

「くすっ」

気が付くと私は笑っていた。

そして笑ったままの口でグループの「退会」ボタンを押した。