ここが咲が死にたいだけではなく実際に自殺未遂をしたことを言える最後のチャンスだった。咲もわたしも問診の時にはそのことを言えずにいた。医師の印象が悪かったことや、初対面の人に自殺未遂の話をすることへの抵抗感があったし、メインで話している咲が疲れてきて余裕がなくなったこともあった。話しやすい空気もなかった。
でも本来ならありのままを話して事実を正確に把握してもらった上で診断してもらうのがベストだったはずだった。私はここでも間違えた。間違えっぱなしだった。自殺したくなる気持ちになるかもしれない薬なんてもらってはいけなかったと思う。その時も私はその薬はいやだという拒絶の言葉が出てこなかった。ただ「ハイ」と言って終わりにした。
「死にたい」と言っている患者に「死にたくなるかもしれない薬」を処方するなんておかしいんじゃないか?と今は思う。
その薬はサインバルタという抗うつ薬だった。現在の主治医の二宮医師に聞いた話だとサインバルタ服用と自殺の関連性が疑われた事例が過去にはあったそうだが今は関連性はないという説が主流だということだった。
当時処方された際の薬剤情報提供書にはこう書いてある
うつ状態を改善する薬です。脳の神経の情報を伝える物質(セロトニン、ノルアドレナリン)の働きを活発にして、意欲を高め、気分を楽にします。
注意事項
最も多い副作用は気持ちの悪さや吐き気などです。薬の飲み初めに見られますが、症状は軽度でそのまま飲み続けるとほとんど改善してきます。眠気やだるさなどを感じることもありますが、徐々に慣れてきます。
この薬品にジェネリック医薬品は存在しません。
次の予約を決めたところで診察は終わりだった。検査を含まない初診の診察は1時間程度で終わった。会計をすませて処方箋をもらい、近くの薬局にその処方箋を出しに行った。薬局で薬が処方されるのを待っていると自分の気持ちがどうしょうもなく落ち込んでくるのを感じた。
やっぱりうつ病だった。これからどうなるんだろう。受験できるんだろうか。高校は私立の近所の高校になるんだろうか。咲本人はどう思っているんだろうか。頭の中がぐるぐる考えが回ってまとまらなかった。薬局の人に「この子はうつ病なんだな」と思われるのも辛かった。私の子供達には元気でいてほしかった。なんの悩みもなく幸せに生きていてほしかった。喜びと希望にあふれていてほしかった。今の咲には一つも叶ってない。むしろ逆だった。かわいそうだった。
本人は一日かかってしまった一連の診察と検査でだいぶ疲れていたが、診断されたことについては淡々としていた。
薬の処方を待っているときに咲はポツンと言った。「これでこのひどい気分が何とかなるかな」
帰宅したのは夕方だった。一日かかった。咲は帰ってからすぐに寝てしまった。
夫が帰ってきてから夜に咲のうつ病のことを伝えた。夫も私と同じような反応だった。私たちみんなが予測していたことだった。「でも光が見えた」と処方された薬を喜んだ。※処方されるときに大野医師が言っていたことや自殺未遂をしたことを言えなかったことを伝え、一緒に悩んだが結局処方された薬を飲ませることにした。薬と一緒に渡される薬剤情報提供書にも「死にたくなる」とは書いていなかったし、調べられる限りネットでも情報を調べたがサインバルタについて死にたくなるかもしれない副作用の記事は見つけられなかった。咲にも死にたい気持ちが出たらすぐ言うように約束させた。その時は夜中でも病院に行こうと思った。