月曜の夜の校長室での情報共有は特に問題なく終わった。
数日後に転院先が決まったと連絡があった。返事が保留だった病院が受け入れてくれるそうだ。紹介状をまず大野医師の病院に取りに言ったうえで、それを持って直接転院先の窓口に行ってほしいということだった。名前を言えばわかるように手配をしてくれているのだそうだった。
大野医師は「おそらくそこでそのまま入院するように言われるでしょう、入院したらひと月8万円ほどの自費負担があります」と話した。ひと月8万円ほどという話は初耳だったが大野医師が調べてくれていたのではなく、保健師の松本さんがそう言っていたのだそうだった。
それから医師は「じゃあよろしくお願いします」と、それはそれは爽やかな声で言って、「はい、お世話になりました。ありがとうございました」という私の返事を確認して電話を切った。面倒な荷物を降ろして身軽になった時そのままみたいに爽やかだった。電話の向こうできっと笑顔だろうと想像できるような声だった。
大野医師はここで退場だった。不本意ながら受け持ってしまった面倒な重症患者を死なせてしまうリスクはなくなった。でも咲は?私は?当人たちは途中退場はできない。否応なしに病気に向き合うしかない。咲は死にたいのに生きて病気に仕方なしに付き合ってる。大野医師の隠しきれない開放感のにじみ出た声(気のせいなのかもしれないけれど)が不快に感じた。
私は電話を切ってすぐに咲の担任の桜井先生に転院が決まったことを電話で伝えた。月曜日の情報共有の場でも転院したらほぼ入院だろうと言われている話はしておいた。
中学校は義務教育だから欠席が多くても留年することはないけれど、受験を考えると欠席は少ない方がいい。「12月の中旬に入院してしまうと欠席日数が増えて内申書に影響することを心配している」私は桜井先生にそう言ってみた。まだ私は心配していた。咲は志望校のランクを下げていなかった。
「来年の一月いっぱいまでの出欠を内申書に記入します。これから入院となってしまって欠席した分は記入します。冬休みに入るまでと冬休み明けから一月中は欠席が入ります。」
桜井先生は続けて言った。
「もし一日でも出席日数が多い方がいいのなら、転院の日にすぐ病院に行かずに学校まで来てください。朝生徒が登校し終わって誰も居なくなってから校門のところで待っています。校門をくぐってくれさえすれば出席ということにします。」
授業に出なくても校門をくぐれば出席にするなんて知らなかった。先生がみて証人の役割をするらしい。不登校の生徒向けにそんな規則があるんだろうか。知らなかった。