中3 45 EMDRができる医院を受診した2

中学3年
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5時過ぎにN医院に戻った。待合室の人数は10人くらいになっていた。患者さんが診察室に入ってから出てくるまでの時間が一人一人長い。そこから一時間以上は待ってやっと名前を呼ばれた。

診察室には私も一緒に入った。N医師は一見優しそうな印象の50代半ばくらいの男性だった。こちらに椅子を向けて腰かけていて、ちゃんと目を合わせてくる。大野医師と違ってカルテばかり見ていないことに安心した。

N医師は初めに「なぜ受診したのか」「どういう症状があるか?」を聞いてきた。咲が疲れてぐったりしていたので代わりに私が答えると、「お母さんが言ったことで間違っているところはある?」と咲に聞いた。咲が「合ってます。」と答えるとそこからは咲にだけ質問してきた。

「なぜ手を膝に置いているの?」

「膝に置いているとどう感じるの?」

「どうしてスカートの布を固いと感じるの?」

咲が答えたことに対してさらに質問を重ねてくる。これが診察なんだろうか。何かの反応を見ているのだろうか。医師の口調はだんだんときつくなり、ほとんど難詰のようになった。

咲はN医師のなぜ?の2回目くらいから涙ぐみ始めて診察室に入ってから数分で泣き出した。膝の上で拳を握っていた。辛いのだ。

疲れてぐったりしている患者になぜ難詰口調で話すのだろう。病気を治してほしくて診察を受けに来ているのになぜ辛い思いをさせるのだろう。そういう治療法なんだろうか。

うつ病で調子が悪いときには少し注意されてただけでも大きくダメージを受けます。本当に心が弱っているのです。

医師がわざとそうしているのはわかったけれど何の意図があるのか全くわからなかった。咲は感情的になっているところを人に見られることは嫌がるので、このまま私が診察室にいると話しにくいだろうと思い、「私は外に出ていた方がいいのかな?」と聞いた。咲は「出ていてほしい」と言ったので私はポケットティッシュを渡して診察室の外に出た。

診察室の外からは二人が何を言っているのかまではわからなかったが話し声がするのは聞こえた。N医師は医師らしい淡々とした口調に戻っていたようだったし、咲はしゃくりあげながら一生懸命に返答をしているようだった。15分くらい待って咲が診察室の外に出てきた。「お母さんと話したいって」私と目を合わさずに咲は言った。瞼が腫れていた。目は伏せている。私は咲と一緒に診察室に戻った。

医師は穏やかな顔つきで私を待っていた。

「咲さんと話して『死なない約束』をしました。それからすぐにEMDRはできませんが、それモドキをやりました。」

ちょっと手柄話でもするみたいな口調だった。

「もし今後もここに通うのならEMDRができるように準備していきます。」

私は「娘と相談して決めようと思います。」と言った。咲は黙っていた。泣いてはいなかったが膝の上で拳を握ったままだし、さっきからずっとしゃっくりをしている。目もずっと伏せている。

それからN医師は「すぐにA病院に入院にはならないと思いますよ、『死なない約束』をしましたから。そういうものなんです」と言った。

「『死なない約束』をすると入院しなくていい。」

「死なないで」となら咲に私はしつこく毎日のように言い続けていた。そして必ず返事をさせていた。何と思われようがそうしないと自分がおかしくなりそうだった。親子間での約束なら毎日のようにしているのだが、医師と患者の『死なない約束』は何か特別な意味があるのだろうか。「うつ病の患者は医師と約束したことは守る」というデータでもあるんだろうか。わからないことばかりだった。

ともかく私の望んだ「他の治療」はやってくれたのだ。咲の様子を見ると効果は無く、むしろ医師の態度でダメージを負った様子だった。