面会の終わりに、切り出せずにいた受験の話をした。両親と本人が直接会える貴重なチャンスだったので、受験の話は最初からするつもりだった。
面会のメインの話にするつもりでいたのに、入院中の出来事を嬉しそうに話す様子を見ていたら話しそびれてしまった。めずらしく調子良さそうにしているところをずっと見ていたかった……。
「今年も(嵐山に落ちた場合のすべり止めに考えていた公立高校が)二次募集あるらしいよ」
(嵐山に落ちた場合のすべり止めに考えていた公立高校の二次募集が)「あるのを前提で嵐山受けたい」と咲は答えた。
入院するほどの病状を抱えながらも嵐山を目指す、そう言うのなら応援に徹するしかない。いつも通りガンコで自分の意見をすぐ変えない。咲らしいなと思った。
受かる見込みはないと内心思っていたが、それを隠して私は「わかったよ」と返した。
夫は「俺は反対だけどもうわかったよ(受けていいよ)」とかすかに笑った。自分の子が気を使わないように「気持ちを尊重するよ」と口角をあげてみせている。だいぶ気を使っている笑い方だった。
「本当ならランクをもう2つくらい落とした方が入学してから楽だと思うんだけど」
一言夫は付け加えたが、やはり咲の気持ちは揺らがなかった。それを見て夫は本当に「わかった」と受け入れる気持ちになったようだった。
結局第一志望は変えない、受験に失敗した場合は公立高校の二次募集を受ける、私たちはそういう結末に落ち着いた。二次募集はあると信じる。
桜井先生が二次募集は今年も実施される見込みだと教えてくれていた。本当に募集するかどうかはその時にならないとわからない。でも第一志望に落ちた場合に二次募集の公立高校を受けるつもりでいるのなら、もう私立高校との併願はできない。(他の高校に合格していない生徒が公立高校の二次募集に応募できる)
公立高校の二次募集がなかった場合は私立高校の二次募集を探して受験をすればいい。健康な子の親ならそう思うところだが、精神病院に入院中で、第一希望の高校に受験に失敗して、第二希望の公立高校の二次募集がない、そんな状態で仕方なく選んだ遠方の私立高校に入学が決まったとしたら…。咲はそのときに通える気力と体力があるのだろうか。
正直言って未来は黒に近いグレーに曇っていた。ほとんど真っ暗だった。
面会の制限時間は過ぎてしまっていたが内線電話は鳴らなかったし、誰も部屋に入ってこなかった。
咲が内線電話で面会の終了を伝え、看護師さんが部屋に入ってきた。
看護師さんは咲が持っている荷物を見て「一度ナースステーションで預かります」と言った。本人に直接渡したが検問があるのを忘れていた。