受験の出願の書類を書いて中学校に提出したあと、数日してから病院から電話があった。咲の担当の看護師の相葉さんからだった。この人とは直接会ったことはまだなかった。
今後の見通しや状態の説明をするのと、病棟を移ったので書き直してほしい書類があるということとで、病院に来てほしいと日時を指定された。医師と会うのはあの子が保護入院した日以来だった。2週間程度が過ぎていた。
相葉さんは咲の様子について食事は2割程度残すことや、ホールで同年代の子とテレビを楽しそうに見ていること、個室で過ごすことも多いことなどを話してくれた。
量は少なくてもちゃんと食べて眠っているようだった。本人からは毎日電話がきていたが、他の人の目から見てどう見えるのかはとても貴重な情報だったし、いろいろなことを気さくに話してくれてありがたかった。本人は本当のことを言わない可能性だってある。
ただ 相葉さんは話し出すとなかなか止まらないタイプで、これを咲にもやっているのだとすると負担がかかるはずだと思った。
でも保護者である私に対しての態度と入院患者への態度は違うだろう。きっとうまく使い分けている。保護者が子供の様子を知りたがるのをわかっていて、様子を長く伝えてくれているのだろう。そうだといい。
相葉さんは咲は「テレビを楽しそうに見ている」と言っていたけれど、本人は電話で「家に帰りたい」「さみしい」と言うようになっていた。
さみしいのもテレビを他の子たちとみて楽しいのも、そのどちらも本当なんだろう。どちらも本人の気持ちだ。
できるのならばさみしい気持ちを減らしてやりたい。でももう主治医の許可がなければあの病棟から出ることはできない。
私にできることは「さみしいんだね」「帰りたいんだね」と気持ちを受容することだった。そして自分の意見は言わないようにして本人の気持ちを聞くようにしていた。
本人から後から聞いた話では私の対応で正解だったらしい。(あくまでも、咲にとっては、だけど)
それにしてもあの子が他人に聞こえるかもしれないところで「さみしい」と言うとは。もしかして他の子たちも電話でそういう話をよくしているので、本人も安心して言ったのだろうか。人目を気にする咲らしくなかった。
帰りたいと聞いて内心私はほっとしていた。帰りたくない、ずっと病院に居たいと言われることもあるかもしれないなと思っていたので余計に嬉しかった。
帰ってきたらやりたいと言うことをたくさんやらせてあげたかった。
でも当分は帰ってこられないだろう。受験に失敗した後の精神状態を考えたらいつ退院できるのかも全然予測ができなかった。