安易に死のうと思うのは人生経験が少ない中学生だからだ。今辛かったとしても中学校はあと数か月で卒業する。卒業までの我慢だ。そのあと高校に行ったらもうすっかり気分も変わって今の辛さを忘れていくだろう。そう言い聞かせれば気持ちが落ち着いてもとの咲に戻る。咲がもとに戻ったらすぐに今までの日常に戻る。
私はそんな風に思っていた。咲が落ち着けば昨日までの延長のような、毎日よく似た平凡で普通の日常に戻れると。それは咲の学校のバカみたいな部活が終わって、やっと部活の呪縛から家族ごと開放されて得た日々だった…。
本当は咲は安易に死のうと思ったのではなかった。このときはうつ病のために精神的に終わりのない拷問を受けているような状態だった。死んだ方がずっとマシと思えるような辛さだったという。それはうつ病の症状の一つだった。そのような辛い状態で一日一日をやっとの思いで生きてきていたのに、さらに卒業までの数か月先まで今までと同じ生活を続けろということは
死なない約束をさせて逃げ道をふさいでから「拷問に耐え続けろ」と宣告したようなものだった。
もしそのことが当時わかっていたのならすぐに学校に行くのをやめさせただろう。そして予約した日時をおとなしく待たずにどんな手段でも使ってでも直ちに精神科(思春期外来)を受診させただろう。そうすれば咲の苦しみを少しは和らげることができたのかもしれなかった。
でも私は間違った。咲の状態は一時的なものだと思っていたし、精神科(思春期外来)を受診させることに大きな抵抗があった。死にたい気持ちは一時的なものだから受診する前に良くなるかもしれない、そうしたら受診をしないですむとすら思っていた。
それに私たちは昨日までの日常に完全に戻れることはなかった。この時点ではそのことにも気が付いていなかった。何一つわかっていなかった。レールは既に切り替わっていたというのに。