担当の看護師さんに入院期間二カ月について本当なのかを聞いてみても「主治医の判断です」としか言われなかった。
思春期病棟のベッドが空いてそこに移って落ち着いたら二宮医師に話を聞けるかもしれない。そう思って私はそれ以上は聞かないことにした。成人病棟にいるのは数日のことだと思うと自然に遠慮する気持ちになってしまった。
『入院診療計画書』には初診の時に書いた『外来診療計画書』と違って患者本人だけの署名の欄がなかった。署名の欄は医師、精神保健指定医、(医師と兼任できるらしい、ここにも二宮医師の署名が入っていた)看護師、本人または家族氏名と4つあった。措置とか医療保護とか応急とかの名前が付く入院は本人の意思がなくてもできるため、本人が署名できない場合は家族が署名するのだろう。思春期病棟だったらこの「本人または家族」というところが「本人または保護者」になるんだろうと思った。
私はその「本人または家族」の欄に署名した後、「持ってきた荷物の説明をしたいので咲の病室に行きたい」と言った。
すると看護師さんは「咲さんの面会は1週間で15分間です。今日会うと次の面会は1週間後になりますがいいですか?」と言った。
「他にも主治医の指示がありまして電話は一日10分までです(患者からかけることだけができます、外部から患者に誰が電話をかけてきても取り次ぎません)小銭も使えますしテレフォンカードは売店で売っています、それから持ち込める教科書は5冊までです。ノートは何冊でもいいです」と続けて言った。
このA病院は全棟が閉鎖病棟の精神病院だった。閉鎖病棟というものがどういうものかは知っていたし先ほど具体的な説明も受けた。でも実際に自分の子供に対してそうされると改めて今ウチは非常事態なんだと実感した。
「今日は入院すると思っていなかったのでいろいろ話せていないことがあるんです、今日だけは話をすることをOKにしてもらえないですか?」と抗議の声で言うと看護師さんは少し沈黙した後「わかりました、今日だけは回数にカウントしないことにします」と言った。
「こちらです」看護師さんの後について、私は窓のない部屋を出て閉鎖病棟の入り口のガラス扉をまっすぐ進んだ奥にある、もう一つのガラス扉の内側に入った。
病棟の入り口は二重になっていて、一枚目のガラス扉を入ると、すぐ左手にさっき私が説明等を受けた「窓の無い細長い部屋」があった。お見舞い客は通常はこの一枚目の扉より内側には入れないものらしい。そして奥にあるガラス扉の内側が患者さんたちが生活している真の(?)閉鎖病棟だった。
入院患者でもないのに成人の閉鎖病棟に入ったのはけっこうレア体験だったかもしれない。他にこういう人を聞いたことがない。そもそも雑談でもそんな話しない。
2枚目のガラス扉を入ってすぐ向かい側がナースステーションで、その隣は共有スペースというかロビーみたいなところだった。ベンチやテーブルがあって、壁掛けテレビが高い位置に取り付けてあった。そこにこちらに背を向けてベンチに腰かけている人たちが3人いて、皆テレビの方を向いている。足音を立てていてもこちらを振り返る人は誰もいなかった。
男性も女性もいたので男女別ではないようだった。廊下はロビーの奥へ続いていた。その先は閉じたドアが両側に並んでいた。ホテルの廊下みたいだった。看護師さんは一枚のドアの前で立ち止まった。ここが咲がいる部屋だった。