昔の映画みたいにコンクリートの壁で鉄格子がはまった窓と茶色くなって擦り切れたぺったんこに凹んだ畳の、牢獄のような部屋を想像してしまっていたが、全くそんなことはなかった。(記憶が映画で見た留置所とごっちゃになってるかもしれないです)
窓は普通の窓だった。(後から窓は数センチしか開かない、と咲に聞いた)洗面台と並んでベッド、その脇に縦長の洋服ダンスのような観音開きの扉つきの家具があって狭くて簡素な一人部屋という印象だった。普通の病室と違うのはテレビと付き添いや見舞いの人用の椅子がないところくらいだった。殺風景な壁にはフックが付いていて咲の脱いだ制服のハンガーがかかっていた。
ベッドには折りたためる台が付いていて、咲はその台に教科書を置いてベッドの上で半身を起こしていた。制服の上を脱いでVネックのシャツとスカートになっている。そして割と普通の表情でこちらを見てきた。「着替えとかいろいろ持ってきたよ、ナースステーションに一時預かりされたよ」と声をかけると、何でもない普通の調子で「ありがとう」と咲は返事をしてきた。
家に戻ってまとめてきた荷物はナースステーションですべてチェックが終わってから本人に渡す、そう言われて私は看護師さんに荷物を預けていた。
荷物は直接渡せなかったけれど
「電話が一日10分って聞いたけど、小銭持ってる?」や「電話かけてくるとしたら何時ごろになる?」とか「先生に伝えることとか聞くことはある?」など、急な入院だったし、普通の入院と違って行動制限があるし、本人に聞いておきたいことがいろいろあった。
打ち合わせのようなことをしていると、一緒に病室に入って黙ってそこにいた看護師さんが「じゃあ終わったらまた声をかけて下さい」と言って部屋から出ていった。
一通り思いつくことを聞いてから「入院になっちゃったね」と言ってみると「うん、これでよかったのかもしれない。もう学校に行くの限界だったの」と咲は返事をしてきた。
入院が決まってからも淡々としているように見えていたが、それはきっと本人もこの入院に納得して少しほっとしたせいのかもしれなかった。
体調が悪くて休むと「さぼり」だと思われる、それを嫌って無理して登校し続けてきたことに限界が来ていたのだろうか。親の立場からだと、一人で家に居られるより学校に行ってくれていたほうがまだ安心だった。内申点もこの場に及んでもなお気になっていた。だから積極的に「休んでいいよ」と言えていなかった……。