今度こそ診察がはじまった。
大野医師は午前のことを詫びてきたあと
「お昼は何を食べたの?」と咲に笑顔で話しかけた。
「ミニ天丼です」咲は答えた。「え?ミリ?」「ミリ何?」
なぜ人が昼ごはんに何を食べたのかを聞いてくるんだろう。診察に関係あるんだろうか。わざわざ重要でもなさそうなことを聞き返して知ろうとしてくるのが不思議だった。限られているはずの診察時間の内に昼ごはんの確認で時間を使う大野医師をますます不審に感じた。
私たちの大野医師の印象が悪くなってしまっていたこともあって、本当に診察の時がきても私も咲も言葉が滑らかに出てこなかった。会話もかみ合わなかった。咲の昼ご飯がミニ天丼と判明した後も大野医師はその話題を展開させるでもなく、自分の昼ごはんを披露するでもなく、話はそこでバツっと切ったみたいに終わった。
今にして思えばきっと場を和まそうとする意図があったのだと思う。(失敗してたけれど)または食欲の有無も診断の材料になったのかもしれない。
それから大野医師は雑談する気が無くなったと見えてパソコンに向かった。
本格的な問診が始まった。名前、学校、どんな症状があるかなどのあと、原因(と思われること)を詳しく聞いてきて、咲が答えている間ずっとキーボードをたたいている。言ったことをそのまま書きとっているらしかった。パソコンだけを見ている。私はほとんど話をしなかった。本人が話すべきだと思ったのでなるべく話さず、必要と思われる個所を補足するにとどめた。
原因については特に詳しく聞かれた。咲は淡々と感情を交えずに事実を話していた。
そのあと大野医師は咲の方をやっと見ながら死にたいの?とたずねてきた。咲はハイと答えた。迷いやためらのない返事だった。他にももっとやりとりはあったけれど他は忘れてしまった。
「診断名はうつ病になっちゃうんだけど……」大野医師は言った。
ああ、やっぱり。私も咲もそう感じた。思った通りだったと。予想してたのであまり感情は動かなかった。でも少しほっとしたかもしれない。病名がわかれば治療できる。きっと治療すればすぐに元に戻る、そう思った。
治療前には戻らないほうがいいのだと今は思う。治療前と全く同じ性格ならストレスがかかったときにまた症状が出てしまう。
「今日は薬を出すのでまた次予約してきてください。検査の結果はその時話しますね。」
「あとそれから」大野医師は言葉をつなげた。
「この薬を飲むと何だか変な気持ちになっちゃって、もしかしたら『死にたい』と思うかもしれないけれど、それは薬のせいだからね、薬のせいだから死なないようにしてね」