そんなことを考えていると医師は「アカシジアが出ているので薬を変えます。」と言葉をつなげた。風邪の患者に咳止めや解熱剤を処方する時のように自然な調子だった。
自傷をやめられず希死念慮も続いている状態でまた抗うつ薬を変える。効き目が出てくるのにまた数週間かかる。その間入院もしない。それで本当に大丈夫なんだろうか。
私がモゴモゴと口ごもって心配していると「じゃあ再来週の同じ時間に予約を取ります」と医師は診察の終わりを暗に告げた。私はここでまた言葉を飲み込んていたら後悔すると思い「薬を今のタイミングで変えても大丈夫でしょうか?」と聞いてみた。医師は「大丈夫だと思います」と普通の調子で答えた。
医師が大丈夫と言うのなら大丈夫と思うしかなかった。診察はそれで本当に終わりだった。診察室に居た時間は15分もなかった。咲みたいな重症な患者でもこんな簡素な診察ならもっと軽い症状なら数分で終わるのかもしれない。もし患者がしゃべりだしたらしばらく止まらないタイプだったらどう対応しているんだろうとちょっと不思議になった。
私が最初に予約を取ろうとしたときもすぐに診察してくれるところは全く見つけられなかった。やっと予約を受け付けてくれる病院を見つけても診察までは2カ月近く待った。患者が多すぎるから一人一人の診察時間を短くしているのだとして、それでも追い付いていない。精神科(思春期外来)にかかる子供はそれだけ多いということになるのかも知れない。
この日は診察が終わったあと薬を薬局で受け取ってそのまま家に帰ることにしていた。咲は学校を休んだし私も会社を休んだ。
翌日は保護者面談だから志望校を決めなければならない。先送りはもうできない。帰ったらその話をしようと決めていた。両親と咲で話し合いをするべき内容だったけれど、夫の帰りは最近遅かった。それまで体力の無い咲は起きて待っていられない。3人そろって話すのはすぐには無理だった。だからまず私と咲で志望校の話をするつもりだった。
咲は家に帰るといつもならすぐに寝てしまうところだったが、今回は違った。部屋に戻らないのでちょうどいいから進路の話をしようと思って声をかけると
「入院したい。このまま学校に行くのが辛い」と言った。
体も心もとても調子が悪いため学校に通うのが辛いという。志望校はどうしたいのかも聞くとやはり第一志望は変わっていなかった。
「志望校のランクを下げるんならすぐ入院できるかお医者さんに相談するけど、嵐山に合格したいのなら入院して欠席日数は増やさない方がいいんじゃないのかな」
「わかってる。辛いけど学校に行くしかないんだよね」
本人にもどうすることもできないのをよくわかっていた。自分から「入院したい」ということは相当に辛いのだろう。
志望校のランクを下げることにしてすぐにでも入院するか学校を休み続けるかする方が体が楽だと思う。
でも親が無理やりにそう仕向けると本人が納得できずに「これじゃダメだ」と自分を責めてしまうし、親を恨んでしまう。そんな気持ちを持っていると症状がもっと悪化してしまう。
それに志望校のランクを落として合格した高校に入学してもずっと「本当は嵐山高校に行きたかった」と思いながら高校生活を送ることになってしまったら心が苦しいままだ。本人が自分で決めた道を進むのが一番本人の心に負担がかからない。
どうしても志望校を変えたくないのなら、受かる可能性がほとんど無くても第一志望を受験する方が悔いが残らなくて本人が納得するのではないだろうか。
志望校を変えることや公立高校の二次募集という手段のことも話しあった。私の考えを咲にも話して、よく二人で話した結果、志望校は変えずに受験失敗したら公立高校の二次募集を受験することにして私立の併願はしないという方向にした。咲は志望校を変えるのは嫌だと言って考えを曲げなかった。