4人掛けのテーブル席について、咲は流れてくるお寿司(当時はコロナウイルスが蔓延してなかった)を嬉しそうに選び、にこにこしながら味わうようにゆっくりと食べていた。
「病院の食事はおいしいんだよ、少し甘いの」「おやつも毎日でるんだよ」お寿司を食べながらよく話し、自然に笑顔になっている。入院前なら考えられない行動だった。
でも疲れやすいのは変わっていなかった。言葉の合間に「つかれたなぁ」とぽろっと何度も口にする。模試で相当疲れただろうから、本当なら外食もやめてすぐに病院に帰して休ませた方が良かったののだろう。
けれど本人が食べたいと言ったものを食べさせてやりたかった。あの子が喜ぶのならなんでもしてやりたかった。
いいじゃないか、明日は一日寝ていればいい、私はそう自分に言い聞かせながら咲の話を聞いた。
食事が終わったあとはそのままテーブルで話を続けた。ほとんどは咲の話を私たちが聞いて「へー」とか「おおー」とか本人が満足しそうな相槌を打っていた。
最初は私たちは店内の人に会話を聞かれていないか気を使っていた。お店がずっと空いていたのでそのうちに私たちも気を使うことをやめ、咲は当たり障りなさそうな話から本当に話したいと思っていた話へと内容をだんだんと変えていった。
病棟での生活の話がほとんどだった。
朝は皆で集まって朝食を摂る、そのあと仲良くなった子たちと3人でよくテレビを観ている。診察や療法(詳細は不明)が無いときは自由時間で、個室にこもりきりになることもできるし、大きい部屋(小児病棟と成人病棟のつくりが同じなのなら、私が成人病棟で見た、テレビがある場所のことだと思う)に出て過ごすこともできる。
お風呂は湯舟に浸かれる日とシャワーだけの日が交互にある。
夜寝る前にがんばり表を書いて自分の担当の相葉さんか他の看護師さんに渡し、渡された看護師さんがコメントを書く。
薬を飲むときは看護師さんが飲み終わるまで見守って、本当に飲んだのかを確認している。
テレビがある大きい部屋は男女共同で使う。漫画本が置いてある。
病棟の壁の特に角の所には入院していた子たちがつけたひっかき傷がたくさんある。
窓は少ししか開かない。
私たちに入院生活を珍しい体験談を話すみたいにぽんぽんと話していく。饒舌で機嫌よく見えた。
入院している子供たちについても咲は話した。話を聞いて私は家庭に問題がある子が多いという印象を受けた。
咲と仲が良くなって一緒にテレビを観ている子たちのうち、一人は家族で暮らせなくて施設に入っていたという。その子は入った施設の居心地がよくなくて心の病気になってしまった。もう一人は両親の仲が悪くて家庭がぎくしゃくした結果、やはり心の病気になってしまったのだという。
たまたま生まれた家庭が安らげるものではなかったら。心身の充電ができる場所でなかったら、最初は元気でいられるかもしれないけれどいずれエネルギーが枯渇してしまう。そして病気になってしまう。
立場が弱いものが割を食う。本人に何の罪もないのに。どこの世界でもそうなのだろうか。
………
とにかく、病棟では自分と同等かそれ以上の辛い経験をした子たちと気持ちを分かり合える。咲はそう思っていたようだった。
「退院したらシャバでお茶飲もうね」と約束しているという。
「でも患者同士は退院してからも連絡はしちゃいけない決まりなの。どうしようかなぁ」
咲は口ではそう言いながらもその決まりは破る気満々でいるようだった。
アドレスは交換していたが、シャバでお茶飲むという約束は実現しなかった。退院したら入院時の思い出は日々の生活に埋もれてしまってだんだんと思い出さなくなったらしい。