今度どうするかをはっきりさせず私は「ありがとうございます」とだけ言った。医師は私の曖昧さを気に留めない様子で咲に「しゃっくりの薬出そうか?」と言った。咲はその言葉に被せる様に「いらないです」と答えた。この受診で不快な思いをしたのは明白だった。
医師はいらないと言われたにもかかわらず処方箋を出した。私は疑問に思った。「しゃっくりを止めるための薬は、しゃっくりが出ている今飲まなければ意味がないのではないか?」今の時刻はもう19時近くになっていて薬局は閉まっているはずだった。それに明日は日曜日だ。薬を受け取れる月曜日までしゃっくりが続いているはずがない。医師の考えが私にはわからなかった。
処方箋は医師から直接受けとった。診察はそれで終わりだった。待合室にはまだ一人患者がいて、私たちと入れ違いに医師に名前を呼ばれて診察室に入っていった。
処方された薬はツムラ甘麦大棗湯エキス顆粒というもので14日分だった。しゃっくりを止める薬が14日分も出るのはおかしいと思い、調べてみると精神の不安に用いる薬だった。すでに抗うつ薬を服用している患者にしゃっくりの薬と偽って精神不安の漢方薬を処方するとは……やっぱりN医師とは合わなかったと思う。
医院の受付は照明が半分くらい消されて暗くなっていて、さっきまでとは違う私服の若い女性が会計をした。日中に受付にいた人たちは帰ってしまっているようだった。
「この医院はいつもこんな時間までやってるんですか?」私服の女性に聞いてみると「ハイ、そうなんです」と返事が返ってきた。それが当たり前の様子だった。それ以上私は何も聞かず言われたお金を払った。次の予約はしなかった。
帰りの車の中で咲は苛立ちを込めて「N医師が嫌い、EMDR治療なんか受けない」と言った。しゃっくりはやっと止まりかけていた。私が診察室を出ていった後の様子は聞いても話そうとしなかった。思い出すのもイヤという風だった。ひどい目に遭わせてしまったのでそうされても仕方がなかった。
それでも咲は私がN医院に自分の意見も聞かずに連れて行ったことについては何も文句を言わなかった。私は勝手に受診を決めたことを謝った。イヤなことを言われて時間と体力を使わせてしまってごめんねと、平謝りに謝った。
咲は「いいよ。お母さんも私のために連れていってくれたんだから。(ひどい目にあったけど)」と私のことを思いやる口調で言って、疲れたから家に着くまで寝るね、と目を閉じてシートにもたれかかった。お腹が空く時間になっていたけれど、スーパー銭湯の売店で買ったお菓子は全く手を付けられないままロゴ入りのレジ袋ごと後部座席に置かれていた。
車を運転しながら私は考えていた。
今日の受診は完全に失敗だった。こんなことだったらEMDRがすぐに施術できる治療ではないとわかった時点で受診をあきらめた方がよかった。私はまだ何かほかに即効性のある治療があるのではないかと思って、その思い込みだけで受診することを決めてしまった。望み通りN医師はEMDRモドキという何かの治療をしてくれたが、とてもストレスがかかるものだったと思う。入院予定の重症患者にそんな診察をしたら危険なのではないだろうか。N医師はどういうつもりだったんだろうか。