二宮医師との面談の日はあっという間にやってきた。その日は入院病棟に直接行くように言われていたので外来には寄らなかった。
数日前に咲から電話が来た時に「CDプレーヤーが使えるようになったからヘッドフォンと英語リスニングCDと、お父さんスペシャルセレクトCDと一緒に持ってきてほしい」と言われていたのでついでに持参していた。
それらの荷物は病棟の鍵を開けてくれた看護師さんに咲に届けてほしいとお願いした。※直接渡して面会してしまうと次週まで面会ができなくなってしまうので、会わないで帰ることにしていた。週末に夫と行った方が夫も会えるのでそうするつもりだった。
私が通されたのはまた窓のない細長い部屋だった。そこのソファーで待っていると二宮医師と看護師さんらしき人(後から咲の担当の相葉さんと判明した)が部屋に入ってきた。私はソファーから立ち上がった。そのまま挨拶しようとすると医師はソファーにすっと腰かけた。つられて私も相葉さんも腰かけた。
そして医師はいきなり本題に入った。(前置きなしで本題に入るのはオバマ大統領みたいだなと当時の私は思った。)
「今は咲さんには『トークンエコノミー』という療法を行っています。これは入院時のように完全に管理できる状態でないとできません……」
※その時に医師が言った言葉そのものはあまりはっきり覚えてなくて、当時のメモもみつからなかったので、言われた内容を想像で補いながら書いてます。
「トークンエコノミー」とは疑似通貨経済という意味だった。
咲の入院に当てはめると「自分の行動を点数化し、その点数をためることで病棟内で本人ができることが増えていく仕組み」ということを言っているらしかった。
入院してから本人には「がんばり表」という表を渡してあるそうだ。それには病棟での行動が項目になってたくさん書いてあり、一つ一つに点数が付いている。できた項目を一日単位で合計して点数を出し、点数の合計が上がっていくと景品代わりに「入院中の病棟内でできること」が増えていく。
その表は担当の看護師さんと寝る前に一緒に記入していくことになっている。
例えば
「朝ちゃんと起きられた」が5点
「お風呂に入った」が5点
「薬を指示通り飲んだ」が5点
を一日に出来たとして、その1日で15点がたまる。
それが100点たまったら100点で何かの権利と交換できる。
権利は例えば
「中庭を散歩できる」とか「売店に自分で行って買い物できる」など許可されないとできない内容になっている。医師によるとこの表には「ダミー」の誰でも必ずできる項目も入っている。だから誰でも点数は上がっていく。
咲の言っていた「CDプレーヤーが使えるようになった」はこの「がんばり表」のポイントで交換した権利だった。
※がんばり表の項目は実際には私は見ていないので適当に書いてます。こういうことがあったと紹介したかったので書きました。点数の交換レートも適当です。イメージしやすくする目的で書いてます。
トークンエコノミーの狙いについては説明はなかった。
医師は教科書の制限についても説明した。
病室に持ち込める教科書は5冊までというのは、体を休ませる意味もあるけれど、大きな理由は
「受験に失敗した時のエクスキューズ」(実際にこの言葉で言ってました)だった。
「教科書が5冊までしか持ち込めなくて勉強に支障がでた」と思えることで受験に失敗した場合の精神的なダメージを少しでも和らげる目的だった。
「エクスキューズにはなるのだろうけれど医師本人が恨みを買いそう。」と私は思った。医師は偉大なんだな。