私が電話で咲の自殺未遂を伝えても夫の声はとても冷静にきこえた。夫は仕事中だったが帰ってくると言う。
うちの娘はまたソファーに腰かけていた。うつむいていて表情がよく見えなかった。私が話しかけると億劫そうに短い返事をする。まだ学校の制服姿のままだったので着替えてくるように言うとのろのろと立ち上がった。
着替えるためには部屋に戻らなくてはいけない。その部屋にはまだドアノブに紐がかかっている。
私はドライバーを持って一緒に部屋に入った。そしてドアノブから紐とタオルを外した。それからドライバーでドアノブをドアから取り外した。うちの娘はあきらめた様子で私を見ていた。
ドアノブを取り外したドアは、一枚の板みたいに見えた。ドアノブの取り付けられていた部分に穴が開いている。そのドアノブの穴に指を差し込んでひっかけ、引っ張ればドアは開く。板の部分を押せばドアは閉まる。開け閉めに不便でもドアノブに紐をひっかけて自殺するのを防ぐためには仕方ないと思った。
それを見てうちの娘は一言「あーあ・・・」と言った。諦めと反抗と拒絶と、何か表現しきれないような複雑な感情が混ざった声だった。今までに聞いたことのないような声だった。それからゆっくりと部屋着に着替えてベッドに横になった。
私は大急ぎでドアノブとネジとドライバを一緒にビニール袋に入れて他の部屋に隠した。それから娘の部屋に駆け足で戻った。目を離すとまた居なくなってしまうのではないかと思ったからだ。
戻ってみると、うちの娘はさっきと同じ姿勢でベッドに横になっていた。私は部屋の床に座り込んで膝を抱えた。そのままの姿勢で夫が帰ってくるのを待った。